対話による吉田寮問題の解決を求める教員有志の会

「対話による吉田寮問題の解決を求める教員有志」による呼びかけ、関連情報などを掲載するブログです。

木村大治さんのメッセージ(7月4日寮自治会主催集会でのスピーチ)

吉田寮問題にかかわる「確約」の位置づけについて

木村大治 (アジア・アフリカ地域研究研究科教授)
2019年7月4日 

 はじめに

 私は学生生活委員会第3小委員会(寮問題等担当)に2014・15年度に在籍し,そこで寮と 大学の団交や,確約の締結の問題にかかわった*1ここに脚注を書きます。今日はその立場からの意見を述べたい。

 確約とは,1980年代から最近に至るまで,寮と大学との間で交わされてきた寮問題に関 する基本的な合意文書であり,寮問題を担当する担当の学生部長(現在では副学長)が交替 するごとに,新しい担当者と寮との間で結び直すことになっていた*2。その冒頭には「大学当局は吉田寮の運営について一方的な決定を行わず、吉田寮自治会と話し合い、合意の 上決定する」と書かれている。この条項を遵守するなら,今回のような事態は起こりえな いはずであった。別の言い方をすれば,寮生を提訴をするためには確約を無いものとする しかなかったのである。  

確約書に対する川添副学長の見解

 2018年8月28日に公表された「『吉田寮生の安全確保についての基本方針』の実施状 況について」という文書において,川添氏は以下のように主張している。

  •  この「団交」は、衆をたのんだ有形無形の圧力の下、時には翌朝まで12時間 以上に及ぶこともあって、「話し合い」とはかけ離れた異常なものと言っても 過言ではない。この「団交」においては、歴代の学生部長あるいは副学長が時 によっては半ば強制されて自治会が用意した「確約書」に署名することもあっ た。かくて、その「確約書」は本学の正式な機関決定を経て署名されたもの ではなく、また上記のように異常な「団交」の結果として署名されたものであ り、このような過去の「確約書」の内容に本学が拘束されることはない。

 また川添氏は2019年1月17日の記者会見において次のようにも述べている。

  •  少なくともあの場に関しては、もちろんその当時の副学長は自分の手を動かし たわけだから、自由意志があったと言える余地はあると思うが、全体の流れ、 その話し合いの経過を見た場合に、それが自由意志に基づくようなものである とはやはり通常の理解では認められない。

 要するに,副学長は寮生たちに長時間囲まれてふらふらになり,前後不覚でサインをして しまったというのである。この主張のもとに,川添氏は確約を一方的に破棄し,現在の訴 訟という事態に至ったのである。私はここで,この川添氏の主張が根拠のない,いわば場 当たり的なものであることを示したい。

 上記の文書で主張されていることは,よく読めば以下の二つの部分に分かれることがわ かる。

  1. 確約は副学長が個人的に署名したものだから,その内容は大学の意志ではない
  2. 確約は副学長が強制されて署名したものだから,その内容は副学長の意志でもない

以下この2点について検討していきたい。  

確約の内容は大学が正式に認めたものではないのか

 まず論点1についてである。  

 確約の締結に関しては,第3小委員会で長時間その内容について議論した。それが第3小委員会の主要なミッションの一つだったのだが,それはもちろん,確約が京都大学と寮 との間の約束になるからであった。そういった努力を,「『確約書』は本学の正式な機関決 定を経て署名されたものではなく」などと片付けられては,われわれはいままで何をやっ てきたのだと感じざるを得ない。

 また,寮問題は京都大学として審議し,総長も深く関わってきたということを示す以下 のような資料がある。 

  • 京大広報1989年7月1日号
    平成元年4月18日の評議会において吉田寮にかかる学寮問題が付議された。 (中略)「(中略)在寮期限設定以後の一連の執行は完了したとしたい。」旨の提 案がなされ了承された。
  • 京大広報1989年7月10日号西島安則総長の「所感」から抜粋
    誠意をもって寮生と話し合って行くなかで,自治の原則に沿った解決への熟成 の時が必ず来ることを固く信じていたのである。寮生との聞で厳しい状況の 中にもお互いに心を開いた話し合いを持ちうる環境の生まれることが大切で あった。

 過去の記録を調べれば,まだこういった記述はたくさん出てくると思われる。
 逆に,大学にとってこれほど重要な問題を,担当副学長個人の判断に任せて大学自体が関知しないというのであれば,それこそガバナンス上の大きな問題だと言うべきである。  

確約は副学長がむりやり署名させられたものなのか

 次に論点2に関してである。
 たしかに過去に川添氏の言っているような事態が起こったこともあるかもしれない*3。しかし団交のほとんどの場合,確約は双方の十分な納得のうえで署名されていたと考える。 過去の確約書にサインをした人の中には,ユング心理学で有名な河合隼雄先生や,ノーベ ル賞を受賞した益川敏英先生といった京大を代表する著名な人たちが含まれている。こう いった人たちが全員,寮生に囲まれてふらふらになりながら,心ならずも署名してしまっ たという状況は想像し難い。。

 実際,過去の学生部長,理事の記述に以下のようなものがある。 

  • 河合隼雄学生部長の発言(1997年毎日新聞)
    京大の魅力は自由。ここでは好きなことが出来る。(中略)新しいことを始めた 僕にとって、京大にいたのは幸運だった。それに、学生部長時代の吉田寮との 団交など面白いことも多かった。
  •  赤松明彦理事の見解(「理事就任後の活動報告」(2011年2月『京大広報』No.664)
    寮自治会,熊野寮自治会との話し合いや「団交」は,すでに数回もちました。中 には吉田寮においてキムチ鍋で歓待されたり,熊野寮祭に参加したりもしまし た。熊野寮自治会とは,前任理事が交した確約を引き継ぐための団交が12月 17日に行われ,更新するかたちで私のサインをしました。寮自治会とも,前理 事と自治会の双方が数ヶ月前にお互い苦労して歩み寄った確約*4をそのまま引 き継いで,老朽化著しい吉田寮の新寮建設に向けた話し合いに早急に入りたい と,私は思っています。

 このような記録に照らせば,川添氏の議論は「過度な一般化」であると言わざるを得ない。 いわば,「池から鮒が一匹釣れたので,この池は鮒しかいない」と結論するようなものであ る。このように,川添氏はレトリックで,強制的にサインさせられたということを印象づ けようとしているのだが,これは巧妙な「印象操作」と言うべきである*5

 また,川添氏自身が,寮問題を担当して以降,その言説を変化させてきているという事 実がある。たとえば,吉田寮自治会への通知において,川添氏は次のように書いている。

  • 2016/03/07「吉田寮自治会との話し合いのあり方等について」(吉田寮自治会への通知)(II)確約書等の「引継」について

    川添は現在吉田寮自治会が提出している確約書案についても、その全体をそのまま承認することが出来ない。今後、上記(I)により京都大学と吉田寮自治会の双方が合意できる内容を得るための話し合いを行いたい。
  • 2017/12/28「質問状への回答について」(吉田寮自治会からの質問状への回答)

    なお、過去の学生担当理事・副学長と吉田寮自治会との間のいわゆる確約書のことは知っているが、これまでにも、川添は自動的に引き継ぎするものではな いと言っているところである。

 このように,これらの時点では川添氏は,「過去の確約書をそのまま引き継ぐことはできな い」としながらも,確約を結ぶこと自体に否定的ではなかったのである。さらに,私が学 生生活委員会委員をやっている時期,川添委員長を含めて確約書の改定内容について詳し く検討していたという事実がある。

 「確約書がむりやり署名させられたもので,意味はない」という認識があったなら,川 添氏自身がこのような言動を取るはずはなかったのであり,2018年8月に突然,「確約書 を破棄する」と通告したのは,場当たり的な「自分に都合の悪いことは無かったことにす る」という対応であると言わざるを得ない。 

 おわりに

 私はこの場に出てきているが,寮生側が全面的に正しいと考えているわけではない。た とえば,「団交」では,参加する寮生側は匿名で,教員側は名前を名乗らねばならず,また 教員側のみがビデオで撮影されるといった状態で*6,非常に体力・気力を消耗させられた。

 こういった状況は話し合いの場としてふさわしいものとは思っておらず,双方ともに納得 できるような話し合いの場をつくるという意味では改善の余地があるかと思う。

 しかし現在の状況は,双方の立場を考え合わせても,やはり京大当局の対応の方に問題 があると言わざるを得ない。すなわち,一部の人たち(すなわち理事たち)の意見が押し付 けられ,話し合いがなされない状況なのである。寮問題については,教授会をはじめ,学 生生活委員会,部局長会議,教育研究評議会等でも,すべて上からの報告だけで,議論は されてないと聞いている。会議ではみんな「寮生が悪い」という雰囲気で,反対の発言で きない,という話もある。

 こういった異常な状況に鑑み,教員有志は,本年1月末から集まりを持ち,賛同者を募っ た。私は2月から呼びかけ人として教員有志の会に加わった。会では「吉田寮問題にかか わる教員有志緊急アピール」を発表し,また数度にわたり記者会見の場を設定した。今回,裁判の開始という事態を踏まえ,再度こういった場を設けたわけだが,この場でもう一度 訴えたいのは,大学側は,まず寮生に対する訴訟を取り下げた上で,寮生と対話し,また この問題について全学で議論する状況を作ってほしいということである。

*1:なお,今回の訴訟で中心的な役割を果たしている川添副学長は,私の任期途中に学生生活委員会の担当者 に就任している。

*2:その内容は吉田寮のホームページに保存されているので,関心のある方は参照いただきたい。

*3:ただ,川添氏の言う「12時間の団交」において,確約の細かい文言にこだわり議論を続けたのは,当時 学生生活委員会第3小委員会委員長をしていた川添氏自身であったという証言がある。さらに当時,川添氏 は寮生に「2週間に1度団交を開こう」と提案していたという話もある。(ただしこれらは,私が直接確かめ た話ではなく,片方の当事者のみからの証言であることは付言しておきたい。

*4:この確約を結んだのが,川添氏の言う「12時間の団交」である。

*5:ちなみに「印象操作」は,最近,某国の首相が多用して有名になった言葉だが,もともとはimpression managementという,社会学者アーヴィン・ゴフマンのまともな用語である。

*6:これに対する寮生側の言い分としては,そもそも教員は学生に対してさまざまな権力を持っているので, その差を埋め合わせるためにこのような状況を作らざるを得ないとのことであった。