2026年5月14日
対話による吉田寮問題解決を求める教員有志の会
京都大学総長 湊 長博 殿
学生担当理事 國府寛司 殿
「吉田寮現棟建替え・現棟建替えにより創出される敷地の活用方針について」を受けての教員有志の声明
2026年4月14日、京都大学は「吉田寮現棟建替え・現棟建替えにより創出される敷地の活用方針について」と題する文書を大学ホームページ上に発表しました。同文書では現棟を「歴史的経緯に配慮しつつ建て替える」とし、これによって「創出される空間」を「全学生の共有財産」として活用すると記しています。周知のように、築113年となる吉田寮現棟は現存する国内最古の木造寄宿舎として、建築学的にも高く評価されていますが、建物の老朽化に対する補修方法をめぐって、寮生と大学の間で長きにわたり交渉や裁判が行われてきました。京都大学が吉田寮現棟と食堂の明け渡しを求めて寮生を提訴した裁判の2024年2月16日の一審判決(京都地裁)では、寮生側が一部勝訴し、14名の寮生への明け渡し請求が退けられました。二審(大阪高裁)では、寮生の退去後5年以内に現棟の「耐震工事(建替工事を含む)」を行うという内容で和解が成立しています。ひるがえって今回、学内での議論の熟成もないまま、突如として「建替え」に限定した方針が発表され、「建物」より専ら「敷地」利用について言及されていることに、多くの大学構成員から驚きと戸惑いの声が上がっています。
文書ではそもそも「歴史的経緯への配慮」と「建替え」という相矛盾しかねない方針を並べながら、それを裏付ける具体的な情報提供や計画の提示は一切ありません。さらに、「広く学内の意見を聞く」としながら、最も根幹に関わる重大な決定である「現棟の建替え」をまず既成事実化し、その後の詳細についてのみ意見を求めるという姿勢は、欺瞞的とすら感じられます。仮に建替えを検討するとしても、現棟を生かしたその場再建(リノベーション)、もしくは現代建築との折衷、現棟を移設・保存した上での新築など、伝統建築の保存・活用方法には様々な選択肢があり、専門家の意見も必要です。なんの方策もないまま、歴史を刻んだ貴重な文化財が取り壊され、灰塵に帰すこととなれば、京都大学の知性の欠如として、後世まで語り継がれることになるでしょう。
加えて見過ごすことができないのは、大学執行部が「全学に対して公平」な環境、「キャンパス全体の利便性」といった言葉を繰り返している点です。これらは大学の将来計画において一般的に考慮されるべき観点であるものの、こと吉田寮に関して、過去に積み上げられてきた話し合いと裁判の経緯を看過し、「全学」の利益のみを強調しているのは、当事者の声を切り捨てるための方便とすら感じられます。吉田寮は長年、経済的困難を抱える多くの学生の修学を保障し、学生が孤立せずに生活できる場を提供してきました。「全学」の「利便性」という言葉のもとに、寮生たちが代弁してきたこの意義を等閑視することは、多様な学生の居場所を失わせることに繋がりかねず、真の意味での公平性と教育環境の向上とは言えません。
先の一審判決は、吉田寮自治会の交渉主体としての法的性格を認め、学生担当理事が署名した2015年2月12日の確約書 ―「大学当局は吉田寮の運営について一方的な決定を行わず、吉田寮自治会と話し合い、合意の上決定する」― の拘束力を認めるものでした。和解に至ったことでこれが裁判所による最終的な判断となったことを執行部も重くうけとめるべきです。2025年8月26日の大阪高裁における和解は、学内問題の解決を大学と学生の話し合いに委ねつつ、実質的に「寮機能の存続」を前提とする内容でした。被告となった寮生たちはこのことをよく理解し、一時退去を2026年3月31日までに滞りなく完了しました。ところが今回の方針では、寄宿舎が再建されるかどうかの保証すらなく、和解の前提を根本から覆しかねません。寮生たちが誠実に義務を履行した直後にこのような方針を打ち出すことは、学生との間に築かれるべき最低限の信頼関係を損なうものであり、教育機関として誠実さを欠く行為と言わざるを得ません。
何より重大なのは、こうした決定が、学内のしかるべき会議体での実質的な議論を避け、現場の教員や学生に対する十分な説明もないまま、形式的なトップダウンの手続きのみで下されたという事実です。これは、京都大学が長年重んじてきた、構成員の対話に基づく意思決定プロセスを形骸化させる深刻なガバナンスの欠如です。
私たち教員有志は、京都大学の構成員として、一部の執行部による実質的な議論を伴わない決定プロセスに対し、強い危機感をもって抗議します。そして、大学の正常な意思決定と社会的信頼を回復するために、以下の3点を強く求めます。
一、 当事者である寮生らとの協議や、学内における実質的な議論プロセスを欠いたまま発表された「吉田寮現棟建替え・現棟建替えにより創出される敷地の活用方針」を一旦撤回し、学内の意思決定のあり方を正常化すること。
一、 大阪高裁における和解条項を恣意的に解釈することをやめ、建物以外の諸問題も含めた今後の「吉田寮のあり方」をめぐる話し合いを、一時退去中の寮生や吉田寮自治会とただちに再開し、合意の上で新たな方針を決定していくこと。
一、 吉田寮現棟の建築物としての歴史的・文化的価値に鑑み、「建替え」ありきで計画を進めるのではなく、学内はもとより学外の建築専門家の意見も広範に聴取し、十分な学術的調査を経た上で、その保存・活用を含めた将来像を決定すること。
賛同者(50音順、2026年5月14日17時現在)
安部浩 伊勢田哲治 岩部直之 大河内泰樹 川島隆 木村大治* 小林哲也 小堀聡 駒込武 小山哲* 酒井朋子 阪上雅昭* 佐藤公美 塩田隆比呂* 清水以知子 髙山佳奈子 玉川安騎男 De Antoni Andrea 福家崇洋 藤原辰史 細見和之 松本卓也 匿名1名
※2026年5月14日13時に提出時のものより1名増えています。また、お名前の誤りを修正しました。
*は元教員
